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浅草のスタートアップでプロダクトマネジメントとデータ分析

チケット転売の歴史とそれをめぐる議論。

去年頃から「チケット転売問題」について耳にすることが増えました。

様々な議論が巻き起こっていますが、高額転売と個人の転売が混同して議論されたり、感情が先行して一方的な批判になっていたりするので、トピックごとに分けて考えてみたいと思います。

 

目次▽

 

チケット転売の歴史

そもそもチケットの二次流通ルートは、

昔からある、ダフ屋(ライブ会場近くでチケットの転売を行う)や金券ショップの他に、

近年勢いを増しているネット上での流通(チケット転売サイト、フリマアプリ、ネットオークション、SNSでの個人間取引など)

そして、それに対抗する形で登場した、公式による定価リセールがあります。

(定価リセールについてはこちらに書きました。音楽業界の転売対抗策と、チケットマーケットプレイスのトラブル防止策 - 森の女子大生のブログ

 

ダフ屋行為は、都道府県の迷惑防止条例などで禁止されており、違法行為にあたります。

しかし、ネット上での転売は法律ではグレーなのが現状です。
(ネットでのチケット転売をめぐる法制度についてはこちらに書きました。チケット転売は違法なのか? - 森の女子大生のブログ

 

オークションサイトやSNSでの個人間取引では、振り込んでもチケットが届かない詐欺などのトラブルが多く、ユーザー自身もグレーな行為だと多少後ろめたさを感じながら使っていました。

しかしシェアリングエコノミ―が開花した時代。個人の評価システムや、運営によるお金の一時預かりにより、ネット上での個人間売買は安全性を増し、広く一般に認知されるようになりました。

そして、チケット売買を専門にするチケットマーケットプレイスも登場します。チケットキャンプがテレビCMを放映したことにより、「ネットでの個人間チケット売買の一般化」は決定的になりました。

音楽業界もさすがに黙っているわけにはいかなくなり、「チケットの高額転売に反対します」という共同声明を発表しました。チケットの購入・入場時の個人認証の強化や、公式による定価でのチケット二次販売システムの整備も進めています。政府に対して、チケットの取り締まりを強化するようロビー活動も行っているようです。

 

実はこれにはもう一つの背景があります。

これまでの音楽産業を支えていた音楽ソフト(主にCD)の売上が2005年以降減少し続け、一方で音楽ライブ市場の売上が近年急増しています。2014年には音楽ライブの売上が音楽ソフトの売上を追い抜いているのです。

このような状況では、音楽業界が音楽ライブでの権利問題に力を入れるのも当然でしょう。
(音楽市場の変化についてはこちらに書きました。音楽市場の変化(音楽ソフト・有料音楽配信・音楽ライブ) - 森の女子大生のブログ

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音楽ソフト 種類別生産金額推移日本レコード協会
エンタテインメント市場における 「電子チケット」の現状レポート|ぴあ株式会社)
2015年のライブ・エンタテインメント市場|ぴあ株式会社)

  

チケット転売をめぐる議論トピック

まず、チケット転売問題の大前提として、

・ネットでのチケット転売自体は違法ではない

・「急用で行けなくなった」人のために、二次流通は必要

・モノの値段が需給によって変動するのは市場経済では自然

という点に関しては、どの立場の人でもだいたい意見が一致しています。

それを踏まえた上で、以下の議論を見ていきましょう。

 

1. 定価リセール VS 自由取引

定価リセール派
「急用で行けなくなった」人のために、定価での転売なら問題ない。

自由取引派
いくら高い値段がつこうと、それが正当な商取引であれば問題ない。

 

ここで問題となるのが、正当な商取引とは何か、ということ。

自由取引派の主張としては
「需給バランスによって、人気チケットが高額になったり、不人気チケットが定価割れすることは、市場がうまく機能しているということ。お互い納得して売買が成立しているなら問題ない。」といったところでしょう。

それに対し定価リセール派からは、
「人気チケットの一次販売では、不正業者によるチケットの買い占めが起きており、一般の人が定価で買うことが難しくなっている。不正な買い占め状態の先にある売買は、そもそも正当な商取引といえるのか?」という反論が上がります。

 

ここで、不正業者によるチケットの買い占めという新しい問題が出てきてしまいました。(不正業者によるチケット買い占めの現状は、こちらの記事に詳しく書かれています。追跡!チケット高額転売の舞台ウラ - NHK クローズアップ現代+

どうやら「市場システムによるチケットの転売」自体が悪いというより、「不正業者によるチケットの買い占めと高額転売」を助長してしまうことが悪い、ということのようです。

チケットキャンプなど非公式のチケットマーケットプレイスサイドも、「転売目的でのチケット購入・販売」は禁止しており、あくまでも個人間取引のためのサービスとしています。これが本来的に成立していれば問題はなかったのでしょう。しかし現実ではそう上手くいかないようです。

 

2. 不正業者によるチケットの買い占めと高額転売は何が悪いのか?

・チケットが本当に欲しいファンの手に入らいない

・高額な転売チケットをファンが購入することで経済的負担を受け、グッズ購入などの資金が減る。(高額チケットの利益は転売屋と転売サイトにしか入らないため、音楽業界には還元されず、結果的に音楽産業全体の市場が小さくなり衰退する。)

・入場できないチケットや偽造チケットが売られるなど犯罪の温床となる

などが挙げられます。

 

そもそも不正な買い占めとはどういったものでしょうか。

あるユーザーは、専用のプログラムを使い、わずか1秒の間に30回ものアクセスを行っていました。さらに別のユーザーは、自動で大量のアカウントを取得。アクセス数を増やしていました。さらに、取得のタイミングを微妙にずらすことで、複数の人物が実在するように偽装しているといいます。( NHK クローズアップ現代+

これにより、チケット販売開始直後のサイトにはアクセスが集中し、一般人は回線の混み合いでアクセスできなくなり、繋がった頃にはチケットが売り切れている、という事態も生じています。

イベントによっては3分の1くらいのチケットが買い占められ、転売サイトで出回っているともいわれ、問題はどんどん深刻化しているようです。

 

このような不正アクセス、不正な買い占めを、公式チケット販売のシステム側で阻止できれば一番なのですが、それも難しいようです。

ぴあ執行役員の東出さんは「新手、新手の手口で、本当にいたちごっこのようなところはある。システム的にも人的にも、非常に負荷がかかっているのは事実。」と述べています。

 

3. 不正な買い占めと高額転売の防止策

では、どのように防げばいいのでしょうか?

ライブ運営側の対策としては、複数あります。

・本人確認を徹底する

・座席の当日発表

・販売価格の弾力化

・公式二次流通システムを整備する

・転売チケットを無効化する

 

そこで、先に挙げたような様々な対抗策が出てきているのです。 

対抗策1 - 本人確認を徹底する 

チケット購入時にスマートフォンのSMSで端末を認証して本人確認し、スマホ1台あたり1回しか買えないようにする仕組みは今後、メインストリームになってくるだろう。

チケット購入者が顔写真を登録しておき、ライブ会場で係員が照合する顔認証システムを導入しているアーティストもいるが、導入コストが大きく、チケット価格にコストが反映されてしまう。認証の厳格化にも限界がある。ITmedia NEWS

熱心なファンだけにきてほしい、という意向があるなら効果的な方法でしょうが、複雑な仕組みは門戸を狭め、結果的にファンを減らすという指摘もあります。

 

対抗策2 - 座席の当日発表

事前に発行されたチケットに座席番号を記入せず、 当日の発券時に座席の発表をしている例もあります。これによって人気の高い前の席を高額で転売することが不可能なり、実際に高額転売を減らすことを可能にしています。

ただこのような平等主義的な取り組みは、高いお金を払ってでも近くで見たいという熱狂的なファンにとっては必ずしもいいものとは言えないかもしれません。

会場の規模やアーティストグループによって、向き不向きがあるでしょう。

 

対抗策3 - 販売価格の弾力化

日本のライブはチケットの座席間の価格差が小さく、一律同じ値段のものもあります。そうすると需要の高い前の方の席は高額転売し、大きな利益を得ることができます。

アメリカなどでは座席間で価格差があることが一般的で、日本でも少しずつそのようなライブも出てきました。

詳しくはこちらの対談で語られています。

チケット高額転売問題、解決策は「いろいろある」 津田大介さん・福井健策さんの見方 (2/5) - ITmedia NEWS

 

以下のような指摘もあります。

チケットの入手機会が不透明で複雑なことも、「転売屋」がなくならない原因になっている。日本のエンターテインメント業界では、チケット価格の値上げを避けながら、実質的な販売価格を引き上げるために、「ファンクラブ会員先行」や「商品購入者限定」といった方法を取るケースが少なくない。購入方法が複雑になればなるほど、悪質な業者は情報をたくみに集めて、効率よくチケットを買い占めてしまう。そうなれば熱心にウォッチしていないライトなファンは、「転売屋」の高額なチケットを買うしかない。

米国の知人に「日本のファンクラブには高額な会費が必要だ」と話したところ、とても驚かれた。米国のファンクラブは、興味のある人をどんどん集めて、ライブ予定などの情報を提供する開かれた場所だからだ。閉鎖的な会員組織を通じてチケットを少しずつ捌いていく日本のシステムは、実は「転売屋」にとても有利だ。入手機会をできるだけ平等にして、主催者が本来の価値に応じた価格設定を行えば、転売で利益をかすめ取るのは難しくなる。(PRESIDENT Online

 

しかし、チケットの価格に弾力性をもたせるだけでは全ての問題が解決するわけではないようです。

例えば、QUEENの来日コンサートのチケットは、座席によって定価が1万2500円~4万円と価格差がついているが、チケットキャンプには全席種が高額で出品・転売されている。完全オークション制などでない限り、どんな価格でも買い占めて儲けようという行為は出てくる。ITmedia NEWS

 

対抗策4 - 公式二次流通システムを整備する

現在ある公式リセールは、全て定価での取り引きのようです。

各サービスについては詳しくはこちらにまとめました。

音楽業界の転売対抗策と、チケットマーケットプレイスのトラブル防止策 - 森の女子大生のブログ 

人気のあるチケットは、転売サイトなどで高値で売れることを知っているため、定価で取引することを躊躇するファンも多いでしょう。また、「安ければ買いたい」というライト層の希望もかないません。

これはモラルに訴えかけるのではなく、仕組みを改善しなければ解決しない問題だと思います。

アメリカでは公式の二次転売も普及しており、高額のチケットも相応の手数料をとりアーティストに還元される仕組みになっているようです。

一次流通のチケットの値段の弾力性も含め、音楽業界は検討していく必要があるのではないでしょうか。

 

対抗策5 - 転売チケットを無効化する 

2015年11月から、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンUSJ)は転売チケットの一律利用禁止を発表しました。転売が確認できたチケットのQRコードは無効化され、転売チケット購入者は入場できなくなります。

USJは転売チケットを無効化すると同時に、転売業者に「購入したチケットを無効化した。無効化を知りながら転売すれば刑法で詐欺罪に問われる」と警告文を送付し、転売先に返金することを呼びかけていました。これを受け、7~8割は返金されたと同社はみています。

結果として、転売市場に出回るチケットは20分の1に減少しました。

ただ、この施策にたいする懸念点は3つあります。


(1) 転売対策にコストをかけられる一部の大手だけしか実施不可能では?USJでは転売対策のために、20人の監視チームが転売サイトと自社の販売データを照合し、チケットの番号を特定しています)
➝転売チケット発見システムが開発され、安価で導入されるようになれば中小でも対応可能になりそうです。

 

(2) 無効だと知らずに転売チケットを購入した一般客の権利は?
➝導入時、無効になったチケットは4千枚以上に上りましたが、実際に転売チケットで入場したケースはほとんどなかったそう。転売業者への警告文が功を奏した形です。(産経WEST

USJマーケティング本部長の森岡さんは「転売しなかったゲストの方を、転売したゲストよりも僕らは守りたいという決断をしたんですね。苦渋の決断で、それは実行させていただきました。」と述べています。( NHK クローズアップ現代+

 

(3) 「急に行けなくなった」人の救済策は?
一切の転売が不可能であれば、仕事が忙しく予定が読めない人がチケットを購入するのは難しい。
➝ 公式による定額リセールなどの組み合わせが必要でしょう。

 

4. チケット転売を法律で規制するべきか?

規制を強めれば、取引がアンダーグラウンドな場に移り、詐欺などの温床になるとも言われています。

 チケット転売をめぐる法律に関して詳しくはこちらに書きましたが(チケット転売は違法なのか? - 森の女子大生のブログ)現行法での規制は難しいようです。

 

チケット転売が大きな問題となっている今、音楽業界がチケット転売の取り締まりを強化するロビー活動を展開する動きも見られています。法規制までする必要があるのか、ある程度までは市場原理に任せておくべきなのか、については議論が分かれるところでしょう。

 

 

 

 

 参考サイト

なぜ今、「転売NO」と訴えたのか――チケット高額転売問題、音楽業界の“本音” (1/5) - ITmedia NEWS

チケット高額転売問題、解決策は「いろいろある」 津田大介さん・福井健策さんの見方 (1/5) - ITmedia NEWS

追跡!チケット高額転売の舞台ウラ - NHK クローズアップ現代+

チケットの高額転売はなぜなくならないか | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online